島田洋七の嘘と芸のはざまで?自宅や年収とおでん屋を語る?

こんにちはbarikanです!

今回はお笑い芸人で作家の島田洋七さんをお伝えします。

・島田洋七の嘘と芸のはざまで?自宅や年収とおでん屋を語る?

それでは見ていきましょう。

スポンサーリンク


大ベストセラー「佐賀のがばいばあちゃん」

を書いたお笑い芸人の島田洋七さんを

ご存知だろうか?

最近テレビへの出番はないが

講演や副業で暮らしているようです。

島田 洋七さんのプロフィールです。

本名:徳永 昭広(とくなが あきひろ)

生年月日:1950年2月10日(67歳)

出身地:広島市白島九軒町

身長:164cm

方言:関西弁

最終学歴:広島工業大学土木工学科中退

師匠:島田洋之介・今喜多代

コンビ名:B&B

相方 島田洋八

芸風:漫才(ボケ)

立ち位置:右

事務所:オスカープロモーション

活動時期:1972年 –

同期:ビートたけし、笑福亭鶴瓶、志村けん

作品:著書 『佐賀のがばいばあちゃん』

配偶者:既婚

1980年代、漫才ブームのパイオニアとなり、

月収1億円の時代から、

人気急降下、

そして2000年代のベストセラー作家と、

ジェットコースターの様な

激動の人生を歩むお笑い芸人である。

これを称して

お笑い同期生の

ビートたけしは

シーソーみたいな人生

と言っています。

だいの親友ですね、たけしさんは!

漫才コンビ「B&B」を結成し

漫才ブーム」を巻き起こしますね。

この時の稼ぎは億を超えていた。

たけしさんと、二人で

銀座のクラブを貸し切ったり

3人の飲み会で150万使ったりと

豪遊を繰り返していたようです。

(少しは貯金しておけばよかったのに(笑))

島田洋七さんの芸風は

「芸人は虚像が実像であるかのように見せるのが

本来の姿である。正体を晒すのは恥!」

である。

だから、嘘を含めてのすべてが「芸」

となるのです。

きわめて古典的な考えですね!

洋七さんは、

「洋七から漫才を取ったらただの嘘つき、裏切り者、詐欺師、変態、などしか残らない」

とたけしさんにいいていたそうです。

スポンサーリンク


しかしいい時は長く続かず、

漫才ブームも終わります。

そしてどん底へ?

そうでもなく、

この時の奥さんとのエピソードは

吉本からの給料をもらってきていた

洋七さんは奥さんに

封筒と新聞紙の包みを渡していたそうです。

奥さんは、封筒の中身が給料と思って

生活のやりくりをしていたとか

いよいよ仕事がなくなり

お金に困ったとき

洋七さんが奥さんに

あの新聞包みはどうしたと訪ねたそうです。

てっきりないと思っていた洋七さん

奥さんが見せた押し入れの

新聞包みの山を見て泣いたそうです!

まぎれもなく吉本の給料の本体が

これだったのです。

数百万の包みです・・・

手つかずのお金は

数億円??

こんな給料もらって見たい(笑)

でも、これも副業や生活で

消えていったようですね。

でも、今度はあの本が出ます。

大ベストセラー

『佐賀のがばいばあちゃん』

これで4億円の印税収入?

なんとやはり

たけしさんが「シーソー」と称したような

人生ですね

最近は、副業の

おでん屋が調子よさそうで

シーソーは上がり気味?

現在の年収は1000万円はくだらないのではと言われております。

この辺でシーソーを降りて

ゆっくりとしたらどうでしょうか?

こう思うのは一般人だけでしょうか(笑)

これからもお体を大切に

奥さんを大切に

活躍ください!

自宅確認サイト:http://www.cableone.ne.jp/~ken-tati/rifo-mu.html

スポンサーリンク


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする