スポンサーリンク

スポンサーリンク


こんにちはbarikanです!

今回は佐賀県出身初の棋士・武富礼衣初段をお伝えします。

それでは見ていきましょう。

 

いまや世の中将棋ブームまっただなかです。

きっかけは、藤井聡太七段の活躍だろう。

昨年、中学3年生で歴代新記録の29連勝の記録を打ち立てると、

わずか1年半で、四段から七段まで駆け上がる。

藤井七段の動向は、連日のように報道され、

対局の際の勝負飯“豚キムチうどん”にまで注目が集まり、

写真付きクリアファイルやサイン入り扇子はすぐに完売。

ネットでは偽の色紙まで出回っているようである。

 

メニュー

  • 武富礼衣初段のプロフィール
  • 武富礼衣初段の高校と師匠は?
  • 武富礼衣さんの身長と体重は?
  • 武富礼衣さんはかわいい!

 

 

スポンサーリンク

武富礼衣初段のプロフィール

名前:武富礼衣(たけどみ れい)

生年月日:1999年5月25日(19歳)

プロ入り年月日:2018年2月7日(18歳)

棋士番号:60

出身地:佐賀県佐賀市

師匠:中田功七段

段位:女流初段

得意戦法:居飛車

所属:日本将棋連盟

趣味:ピアノ

 

武富礼衣初段は苗字は「たけどみ」と濁るんですね!

はじめて見ました。珍しい呼び名だと思います。

将棋と出会ったのは5歳、幼稚園の時ですね。

3歳年上の兄が父と将棋を指しているのを見て、

駒と動かし方を覚え、それ以来はまってしまったようです。

負けず嫌いで、兄に勝ちたくて負けても泣きじゃくりながら

「もう一回」「もう一回」と勝負を挑んだそうです。

強くなる素質十分だったのですね。

小学1年であった2006年、佐賀市で開催された「将棋の日」イベントに参加し、

谷川浩司に6枚落ちの指導対局を受けたのをきっかけに将棋に熱中した。

福岡市の将棋道場に佐賀市から通い、棋力を磨いた。

そんな毎日を積み重ねて女流プロ棋士になった。

 

スポンサーリンク

武富礼衣初段の高校と師匠は?

師匠は中田功七段である。

中田功七段が師範を務める福岡市の将棋道場での指導が

師弟関係の始まりだそうです。

 

 

佐賀市から福岡市の将棋道場へ通い詰めたそうで

本当に好きになっていたのですね。

武富礼衣さんは今年4月、立命館大学総合心理学部に進学しています。

では高校はどこを出たのでしょうか?

武富礼衣さんは佐賀龍谷高等学校という私立高校を卒業しています。

正式名称は、龍谷中学校・高等学校という名前で、エスカレーター式の学校らしいです。

いろいろなコースのある高校で、特別進学コースは偏差値が62あります。

武富礼衣さんのツイッターの自己紹介には「龍谷特進科」と載っていましたから

偏差値が62の高校に通っているということですね。

やはり将棋の強い人は頭もいいのですね!

将棋を指して女流棋士としての道を歩み、

勉学にも手を抜かないのは流石ですね!

 

武富礼衣さんの身長と体重は?

武富礼衣さんの身長や体重は正式な発表はないようです。

写真などで見ると、身長 155㎝、体重 47㎏

位ではないでしょうか?

師匠の中田功七段が長身なので並んでいるところを見ると

ものすごい身長差で、師匠が本当に怖く見えるのは

私だけでしょうか(笑)

 

武富礼衣さんはかわいい!

女流棋士初段になって脚光を浴びるかと思っていましたが

男子の藤井聡太七段の活躍が凄く、少し思惑が外れました。

でも、ファンになった人は喜んでいるのでは?

 

こんなかわいい女流棋士の誕生でファンが増え続けると

ライバルが増えちゃって困りますもんね(笑)

高校時代の画像がメインですが、

本当にかわいいですね。

これでますますファンが増えそうです!

最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました。

関連ブログ:日々だより

関連ブログ:健美食と共に

関連ブログ:無農薬野菜生活おじさんの話題

スポンサーリンク


スポンサーリンク
おすすめの記事