幕下尻優勝・徳勝龍の嫁の支えや子供が気になる?父や恩師に感謝も!
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こんにちはbarikanです!

今回は大相撲初場所で初優勝を決めた徳勝龍関の活躍を支えた奥様とお子さんを

調べてみました。またお父様や恩師の方も気になりました。をお伝えします。

それでは見ていきましょう。

 

目次

  • 初優勝の徳勝龍関の奥様とお子さんが気になる?
  • 徳勝龍関のプロフィール
  • 恩師と父にささげる優勝!

 

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初優勝の徳勝龍関の奥様とお子さんが気になる?

大相撲初場所むすびの一番、勝てば初優勝が決まる大一番である。

大関を相手に千秋楽の結びという極限の緊張感の中で、徳勝龍は賜杯を抱くにふさわしい最高の相撲を取った。

頭で当たって押し込むと、やや後退しながら左差し、右上手で貴景勝を捕まえた。

じりじり寄って、土俵際の相手の捨て身の突き落としをこらえる。

最後は必死の形相で前に出て寄り切った。

大きくうなずき、その後は涙が止まらなかった。

こんな活躍を身近で支え続けてきた人がいる!

それは奥様の「千恵」さんである。

結婚は2016年6月、文字通りジューンブライド!その時の徳勝龍関の笑顔が優しい。

結婚披露宴の盛大なパーティーでの千恵さんの綺麗さが際立っている。

しかし、ここから千恵さんの内助の功が始まった時でもあった。

実はこの2016年は徳勝龍関の成績が最悪な時であった。その時、必死になって

関取を支え成績向上に大きな実績を残してきたようである。

実際関取は2017年に入ると、優勝に絡む成績を残すようになりました。

こんな千恵さんの情報は一般人だったとのこともありほとんどありませんでした。

また馴れ初めのエピソードも探したのですが本当にありませんでした。

また、お子さんについても情報がなく、今のところはいないようですね。

この辺の情報が入り次第お知らせします。

 

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徳勝龍関のプロフィール

氏名:徳勝龍 誠(とくしょうりゅう まこと)

四股名:青木 → 徳勝龍

本名:青木 誠

生年月日:1986年8月22日(33歳)

出身:奈良県奈良市(出生地は高市郡高取町)

身長:181cm

体重:184kg

BMI:56.16

所属部屋:木瀬部屋 → 北の湖部屋 → 木瀬部屋

得意技:突き・押し・寄り

最高位は西前頭4枚目(2015年5月場所)

 

2020年1月場所は幕尻(西前頭17枚目)で迎え、2日目に魁聖一郎に敗れた後に連勝街道を走り、

14日目に同じ1敗同士の正代との大一番に勝つと千秋楽では何と幕尻力士として大相撲史上初となる

これより三役に登場し、これも幕尻力士として大相撲史上初となる千秋楽結びの一番に登場して

大関貴景勝と対戦、寄り切りで貴景勝を下して自身初となる、そして奈良県出身の力士としては

1922年(大正11年)1月場所の鶴ヶ濱(荒磯部屋)以来、98年ぶりともなる幕内最高優勝を成し遂げた。

幕尻での優勝は2000年春場所の貴闘力以来20年ぶり。

西前頭17枚目での優勝は歴代史上最低地位での優勝。

返り入幕での優勝も史上初と、記録ずくめの優勝となった。

<ウェキペディア>

 

恩師と父にささげる優勝!

26日初場所結びの一番のパブリックビューイングが徳勝龍関の地元の奈良・奈良市役所で開催された。

奈良県出身者としては1922年の鶴ケ浜以来、98年ぶりとなる優勝の瞬間を見ようと、

父・順次さん(73)や「徳勝龍関を育てる会」の石津宏一会長(83)ら約200人が駆けつけた。

そして大関貴景勝都の一番、渾身の相撲は最高の相撲で徳勝龍関が勝った!

初優勝の瞬間、見ていたお父さんは思わず立ち上がり両手を掲げた!

顔は泣いて笑っていた!

お父さんは「感無量ですね。よう頑張った。亡くなられた(近大時代の恩師)伊東(勝人)監督に

いい報告ができると思う。場所前は半信半疑で、(幕内に)上がらん方がよかったと思っていた」と、

タオルで涙をぬぐった。

近大相撲部をコーチ時代も含めて1987年から指導し、徳勝龍関を教えた

伊東勝人監督(55)が18日、突然亡くなっているのである。

この恩師に今日の晴れ姿が届けば!一緒に相撲を取ってくれたと関取は言っている。

本当にいい報告になった!

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最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました。

 

 

 

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